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被災地大槌町から届いた1通の「寒中御見舞い」
今日、NPO法人風に1通の「寒中お見舞い」が届きました。

昨年の夏、東日本大震災の被災地支援として、うちわを届けて園児と一緒に
ワークショップをしてきた岩手県の大槌町の大槌保育園からです。

20120114-1

大槌町の小槌神社で園児の七五三のお参りした時の子供たちの写真が写っていました。
みんな元気そうで嬉しいです。

私は、被災地から届いたこの「寒中お見舞い」を手に嬉しく読み返して
いるうちに、被災地の多くの方が今年は「年賀状」ではなく「寒中お見舞い」
を出している被災地の悲しみの現実に改めて気がついたのです。

「今年は、皆様にとっていいことが一杯ありますように、、、。」
被災地へ向かって祈る気持ちで一杯です。
                                フタバくん
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【2012/01/14 14:58】 | 1000本のうちわを持って被災地へ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
1000本のうちわを持って被災地へ(47)ー宝来館での鎮魂コンサートと「うちわ」
今日は、私たちが佐渡さんやスーパーキッズの子供たちが、宝来館へやってきた
ときに使ってもらおうと届けたうちわの、その後をご報告したいと思います。

佐渡さんたちは8月9日・10日に被災地である釜石・大槌へ
「鎮魂のコンサート」のためにやってきました。

20110927-1

宝来館のお上さんの亡くなった人たちへ鎮魂の演奏をしてほしいとの希望の
鎮魂のコンサートは、宝来館の前の松林から津波でたくさんの方が亡くなった
海に向って行われました。

20110927-3

また、大槌町の吉祥寺でも鎮魂のコンサートが開催されました。

さて、私が届けたうちわは、無事、佐渡さんやスーパーキッズの子供たちの
手にご覧のように届きました。

20110927-2

20110927-5 20110927-7 20110927-6

この「うちわ」、スーパーキッズの皆さんに気に入って頂けたようで、休憩のお昼寝の
時にも使ってくれました。

20110927-4

私たちが被災地へ届けた「うちわ」に、佐渡さんがサインをしました。
この佐渡さんのサイン入り「うちわ」は、きっと、営業を再開した宝来館に飾られて、
訪れた人たちに見てもらえるのではないかと喜んでいます。

宝来館へ届けたうちわはスーパーキッズの子供たちに気に行ってもらえたので
彼らにあげることにして、宝来館へは、このお宿が再開されたら、また、50本、
泊まった方に使って頂けるように送る予定でいます。

少しでも、いろんなところでこの「うちわ」がお役に立てれば、うれしいです。

                                 フタバくん
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【2011/09/27 17:17】 | 1000本のうちわを持って被災地へ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
1000本のうちわを持って被災地へ(46)ー「ひょっこりひょうたん島」の歌声が大槌に復活
20110920-9

波を チャプ チャプ
チャプ チャプ かきわけて
(チャプ チャプ チャプ)
雲を すい すい
すい すい おいぬいて
(すい すい すい)
ひょうたん島はどこへいく
ぼくらをのせて どこへいく ~ ~

懐かしいですね。「ひょっこりひょうたん島」の歌です。

20110920-8

今日は、この歌が震災後の大槌町の町に復活して町の人たちを元気づけ
ているお話です。

震災前の大槌町では防災無線機の点検に、「ひょっこりひょうたん島」の曲を
時間を決めて流していました。
しかし、その無線機も曲を入れたハードディスクも津波で流されてしまいました。

そのことを聞きつけた井上ひさしさんと親交の深かったジャズピアニストの
小曾根真さんが、新たに「ひょっこりひょうたん島」の曲のアレンジしてくれました。

8月1日から、大槌町の町には新しい行政無線機が復活して、無線機点検に
再び「ひょっこりひょうたん島」の曲を流し始めたのです。

大槌の町では、毎日、正午に5つのアレンジされた「ひょっこりひょうたん島」の
曲の内のどれかが聞けるそうです。

苦しいことも あるだろさ
悲しいことも あるだろさ
だけどぼくらは くじけない
泣くのはいやだ わらっちゃおう
進め~ ~ ~

少しずつ、少しずつだけど、震災前の大槌が戻ってくるといいですね。

(アニメ画像は、NHKで放送されたテレビ画像をお借りしました。)

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【2011/09/21 15:47】 | 1000本のうちわを持って被災地へ | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
1000本のうちわを持って被災地へ(45)ひょこりひょうたん島と弁財天
この吉里吉里の魚港からよく見える島があります。
島の名前は蓬莱島。

20110920-4

訪れた城山の避難所からの眺めですが、中央に島がうかんでいるのが
見えますでしょうか。

あれが、蓬莱島です。

20110920-3

面白い形をしていると思いませんか?

実は、この蓬莱島は、井上ひさしさんの「ひょこりひょうたん島」のモデルに
なったといわれている島なんです。

「ひょこりひょうたん島」と聞いても、今の若い方はご存じないかもしれませんが、
私が小学生だった頃、学校から帰ってきては、毎日夕方、NHKテレビで見て
いた子供向けのテレビ番組です。

その蓬莱島には、弁財天様が祀られています。
この島もあの巨大な大津波に呑みこまれたのに、その弁財天様の御堂は無事でした。

「神様はいるぞ」、海から弁財天様が見守ってくれている。

今、いつも見慣れた蓬莱島の弁財天様のお堂が流されなかったことが、
大槌町の人たちを復活に向けて勇気付けています。

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【2011/09/20 17:15】 | 1000本のうちわを持って被災地へ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
1000本のうちわを持って被災地へ(44)ー大槌町の吉里吉里にある吉祥寺へ
また、少し間が空いてしまいましたが、また、被災地での話を書きます。
といっても、後、残り少なくなってきましたが、、、。

さて、3日目の午後の宝来館から私たちは、もう一つ佐渡さんたちが鎮魂
コンサートをする会場になっている大槌町の吉里吉里にある吉祥寺へ
行きました。

吉祥寺は、大槌湾を見下ろす高台にありました。
立派なお寺です。

20110919-2

震災の時には、ここには250人もの人が避難していたそうです。
多くの人が亡くなって、このお寺だけで180名の戒名を書いたそうです。

20110919-1

今は、もう避難者の方もおられずひっそりとしていました。
左手の本堂で、鎮魂コンサートが行われるのでしょう。

住職さんが出てこられたので、コンサートの時に来られた人たちに
うちわを差し上げて下さいと、お伝えしたのですが、状況がよくわ
からなかったようで断られてしまいました。

さて、次は、吉里吉里避難所へうちわを届けます。

フタバくん
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【2011/09/19 23:42】 | 1000本のうちわを持って被災地へ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
1000本のうちわを持って被災地へ(43)ー宝来館へ立ち寄ったその理由
さて、話を本題へ戻します。

今日は、なぜ、私たちが宝来館へうちわを持って訪れたのか。
そのことをお話ししたいと思います。

実は、私の長女は音楽家です。専門は、作曲家です。
作曲家としての仕事のほかに、長女は、指揮者の佐渡裕氏が大切に育てている
少年少女で構成されたスパーキッズオーケストラという弦楽器のオーケストラの
マネージャーもしています。

20110910-5
              画像は、SKO事務局よりお借りしました。

指揮者の佐渡さんは、東北震災で亡くなられ方たちのための鎮魂コンサートを
このスーパーキッズと一緒に被災地でしたいと、考えていました。

慰問先をいろいろと検討しているところに、そのことを伝え聞いた宝来館のお上
岩崎昭子さんから、ここに演奏に来てほしいといった手紙が届いたのです。

そのことがきっかけで、佐渡さんは、釜石市の鵜住居へ鎮魂コンサートに行く
ことを決めたのです。
鎮魂コンサートは、その他にも、多くの方が亡くなった大槌町の吉里吉里地区に
ある吉祥寺でもすることになりました。

この佐渡さんの鎮魂コンサートの話は、新聞やテレビで報道されたので、ご存じの
方も多いかもしれませんね。

20110907-5

さて、偶然にも、この鎮魂コンサートの訪問先は、私たちがうちわを持って支援に
行く訪問先、釜石市と大槌町と同じルートになりました。

しかも、この宝来館で彼らが1泊することが決まったので、少しでも宝来宿で
涼しく過ごしてもらえたらと、宝来館へうちわを50本私たちは届けることに
したのです。

20110910-2

宝来館を訪れてみると、お上さんは、佐渡さんたちがやって来て1泊するということで、
3階まで津波で浸かってしまった宿の補修工事で慌ただしくしていました。

20110910-1

宝来館前の松林から海を臨む景色です。
おそらく、佐渡さんの8月9日の鎮魂コンサートは、この松林から海に向って
演奏されるのだと思って写した画像です。

                                     
フタバくん
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【2011/09/10 12:00】 | 1000本のうちわを持って被災地へ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
1000本のうちわを持って被災地へ(42)ー被災直後の鵜住居小学校
20110909-19

被災直後の鵜住居小学校の画像です。
3階の窓に津波で車が叩き込まれています。

この画像は、ネットサーフィンをしていてい見つけました。
お断りしていないのですが、当時の津波の威力がよく分かるので
掲載させていただきました。

この地域には、当時、6600人の人たちが住んでいました。
その内の400人の方が亡くなって、今も行方不明の方が170人もいるそうです。

この画像の状況を眺めては、「津軽てんでんこ」の教えを守って、子共たち、
よく頑張って逃げてくれたと思います。

(ネットサーフィンしてお借りした画像です。
お断りしていませんが使わせていただきました。)

                                     フタバくん
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【2011/09/10 11:19】 | 1000本のうちわを持って被災地へ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
1000本のうちわを持って被災地へ(41)ー気になる被災した建物に書かれたマーク
鵜住居地区も殆どの建物が流されていました。
見渡す限り、破戒されています。

20110909-13

よく見ると、ところどころ残っている建物に、いろんな印がしてあるのに
気が付きました。

20110909-17

20110909-16

20110909-15

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壊れた建物に、いろんな記号が書かれていたり、旗が立てられたりしています。
いろいろ意味があるようですが、この解釈には、いろいろな説があってよくわか
らないのでここではふれないでおきます。

とにかく、津波の破壊力はすごいです。

                                     フタバくん
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【2011/09/09 17:34】 | 1000本のうちわを持って被災地へ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
1000本のうちわを持って被災地へ(40)ー「津軽てんでんこ」の教えを守った子供たち
鵜住居の旅館「宝来館」へ行く途中、思いがけない建物に出会いました。

このブログでは、4月2日の「東日本大震災」のカテゴリーの中に
【「津軽てんでんこ」で助かった子供たち】と題して、学校から高台へ避難して
全員無事だった子供たちのことを紹介しています。

その「津軽てんでんこ」の教えを守って一目散に山へと逃げて全員助かった
子どもたちの学校が、偶然、宝来館へいく道の少し手前にあったのです。

全く予期しないことでした。

20110909-6

その子どもたちのいた学校の名前は、鵜住居小学校と釜石東中学校です。

20110909-1

大きな瓦礫の山の向こうに、その学校が見えてきました。

20110909-3

電信柱の左向こうに見えているのが、鵜住居小学校です。
右に見えているのが、釜石東中学校です。

「津軽てんでんこ」の教え通り、中学生のお兄ちゃんたちが隣の小学校の
子供たちも誘導しながら、自主的にどんどん山へと駆け上ったそうです。

第一の避難場所までたどり着いた時、子供たちは、ここでも駄目だと言って、
もう一つ高い所にある施設まで、さらにどんどん駆け上り始めたのです。

20110909-2

釜石東中学校の全景です。

町で津波が来た時に想定していた津波の高さは6m。
しかし、実際に町を襲った津波の高さは、15.3mでした。

子供たちが逃げ終わった直後、小学校と中学校の2つの建物は、
15.3mもの大きな津波に飲み込まれていきました。

子供たちの直感で、誰一人遭難することはなかったのです。
子供たちが逃げた避難場所も車からですが、見ました。

ブログにすでに紹介した記事ですが、再掲載いたします。
よろしかったらお読みください。

■釜石市北部の大槌湾を望む釜石東中学校(生徒数222人)は、
同湾に流れ出る鵜住居(うのすまい)川から数十メートルしか
離れていない。
11日午後の地震発生時は、各教室で下校前のホームルームが
行われていた。
立っていられないほどの横揺れが生徒たちを襲った。
1階にいた3年生の栗沢正太君(15)は避難口を確保しようと、
とっさに窓を開け、机の下へ。
揺れが一段落すると、担任教師が「逃げろ」と叫び、栗沢君が
校庭に出ると、2、3階にいた1、2年生も非常階段を下りてきた。
校庭に出た生徒たちは教師の指示を待たず、高台に向かって走り
だした。
途中、同校に隣接した鵜住居小学校(児童数361人)の児童も合流。
小学生の手を引く中学生の姿も目立ったという。
子供たちは普段の防災訓練で使っている高台に集まろうとしたが、
だれかが「まだ危ない」と言いだし、さらに高い場所にある老人
施設まで移動。学校から1キロも走っていた。
教師たちが点呼を取ったところ、登校していた両校の児童生徒計
562人全員の無事が確認できた。
その5分後、両校の校舎は津波にのみ込まれた。
                    (北海道新聞より一部抜粋)

「津軽てんでんこ」で助かった子供たち (2011年4月2日)

                                     フタバくん
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【2011/09/09 15:55】 | 1000本のうちわを持って被災地へ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
1000本のうちわを持って被災地へ(39)ー50本のうちわを持って「宝来館」へ
さて、9月11日に地震から半年を迎えるためか、テレビでは、今週に入ってから毎日
のように東北大震災の被災地での復興の様子や、当時の津波の様子などの映像を
流しています。

昨夜は、NHKで「学び舎ふたたび~大槌小学校の6か月~」と題した大槌町の子供
たちを通して少しずつ歩みだす人々の姿を放映していました。
ただし、こちらは途中で北海道・日高町の地震ニュース速報が入って報道が切り替わり
放映が中止になり、後日に再放送されることになりました。

また、今朝は、毎日放送の「朝ズバッ」で、鵜住居の根浜海岸にある旅館「宝来館」の
お上さんたちが津波に遭遇した時の様子を映像で流していました。

テレビに映し出されるどの風景も、実際に私たちがその大地に立って眺めた風景です。
少しずつ復興していく姿を眺めては、感慨もひとしおです。

さて、今日からは「1000本のうちわを持って被災地へ」は、3日目の午後に訪れた
地域のことを書いていきます。

釜石市にある甲子子育て支援センターから、再び、大槌町地域へと入った私たちは、
午後からは「うちわ配布」のために動きまわりました。

訪れた先は、釜石市鵜住居の根浜海岸にある旅館「宝来館」と大槌町の吉里吉里
地区の吉祥寺、そして、吉里吉里小学校避難所です。

どこも訪れた先には涙の出るような様々な話がありますが、まずは、今朝のテレビ
でも紹介された鵜住居の根浜海岸にある旅館「宝来館」の話から書いていきたいと
思います。

20110907-4

以下の映像は、「宝来館」の番頭の伊藤さんが避難した「宝来宿」の裏山から撮影
した映像です。テレビから写した画像なので写りは悪いですが、どうぞ、ご覧ください。

20110907-1

左端下に、「宝来館」のお上さんが従業員の皆さんに避難を呼びかけて
走りまわっている姿が写っています。
皆さんの向こうに見える松林の手前の」道路にご注目ください。

20110907-3

ほんの数秒後には、津波が押し寄せてきて旅館の前の道路には津波と一緒に
車が流されていく様子が写っています。
それでも、まだ、状況がよく呑み込めなくてゆっくり歩いている人もいます。

20110907-2

一瞬にして津波は彼らを襲い、この時に歩いていた人たち全員を飲み込んで
しまったのです。
でも、お上さんも含めてここに写っている方たち全員、瓦礫などにつかまって
奇跡的に助かったのです。

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私たちが訪れた7月27日の「宝来館」です。
この「宝来館」の後ろに見えているのが番頭さんの佐藤さんはじめ、皆さんが
逃げた裏山です。

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津波は、「宝来館」の前の道路をへだてた松林の向こうの海から一気に
襲ってきたのです。

                                     フタバくん
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【2011/09/08 11:42】 | 1000本のうちわを持って被災地へ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
1000本のうちわを持って被災地へ(38)ーアメリカでも被災地の母子受け入れ
私の本業は、画廊経営です。
作家さんの作品を取り扱って販売や展覧会を開催しているわけですが、
その作家さんの中に京都出身のガラス作家さんがいます。

彼女の名前は、石川くるみさん。
アメリカの方と結婚されているので、Kurumi Conleyさんです。

ギャラリー白川の「第6回現代アートうちわ展」にもアメリカから参加
してくださいました。
時々、このブログにもコメントを書いてくれます。

今日は、彼女がこの夏一月、自分の家を福島市の母子に疎開先を提供
したことを紹介させていただきます。

さらに、福島原発の放射能から子供たちを守るための被災者避難先に、
日本各地だけでなくアメリカでも協力の手を差しのべてくれている実態を
お伝えできたらと思います。⇒国際環境NGO グリーンピース
こちらをアクセスすると、グリーンピスの日本での活動が分かります。

20110905-12 20110905-14

20110905-13 20110905-11

くるみさんのブログには、彼女の家で一ヶ月間、自然の中で大きく空気を吸って
のびのびと遊ぶ福島から疎開した子供たちの生活が紹介されています。

そして、この日本の福島の母子を受け入れた彼女のことがアメリカのテレビ
ニュースでも紹介されました。

【テレビニュース】 左の文字をクリックするとニュースが見れるように
してありますので、どうぞ、ご覧下さい。

クリックすると最初に、彼女の所に疎開した可愛い赤ちゃんの笑顔が
映し出されます。

20110905-18

 ↑ この画像です。
この画像の後に、少しコマーシャルが流れます。

このコマーシャルが終わると、 ↓ の福島原発の画像が現れます。
そこから、福島からくるみさんの家に疎開している母子を紹介した
ニュースが始まります。

20110905-7

下に、いくつかアクセスできるようにリンクを貼りましたので、どうぞ、御覧下さい。
福島の現実が世界ではどのように映っているのか。
そのことを少しでも皆様にお伝えすることができたら、うれしいです。

■くるみさんのホームページです。
福島の母子さんを受け入れた日々の様子がわかります。

■ギャラリー白川のくるみさんの作家紹介ページです。
くるみさんの楽しい作品がご覧いただけます。

■年間20ミリシーベルトの環境におかれた子供たちのことを考える。(2011年4月30日)
福島の子供たちを疎開させてほしいと私が書いたブログです。
この時、くるみさんとこのことでコメントもし合っています。
この時のことが、こうして一つずつ実を結び始めたような気がしています。


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【2011/09/05 14:43】 | 1000本のうちわを持って被災地へ | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
1000本のうちわを持って被災地へ(37)ー放射能汚染から子どもたちを守るために
台風12号は関西方面に大きな爪痕を残して、只今、日本海を北上しています。
台風被害で、すでに死者・行方不明者併せて80名以上。
テレビには、ほんの一月前に東北の被災地を歩いた時と同じような光景が映し
出されています。

20110905-2
(画像は、朝のモーニングワイドからお借りしました。)

日本列島がこの先どうなっていくのだろうと、次々に起こる災害に自然と防災意識
も高まってきます。

さて、被災地支援の話の続きです。
釜石市の甲子子育て支援センターを訪れた時に、ワークショップに参加してくだ
さったお母さん方の中に原発事故による放射能から子供を守ろうと福島から疎開
してきた母子さん方がおられることを知りました。

20110831-4

私の住んでいる京都市でも、一早く、空きのある公団住宅を無料で貸し出しして、
早くから被災者を受け入れてきました。

現在、京都市の公団で暮らしている被災者の方は150名ほどです。
避難している方は、双葉町や葛尾町など計画的避難地域に指定されている方たち
だけでなく、郡山市や福島市など国が勧告を出してくれない自主避難者の方々も
住んでいます。

20110905-3
(画像は8月29日のNHKのテレビニュースからお借りしました。)

夏休みの間だけですが、大学が寮や宿泊施設を開放したりして、この夏の京都には
自主避難者の数だけで200名以上の方がおられるそうです。

さて、今頃になって、福島原発事故の放出セシウムは広島原爆の168倍と保安院が
公表しました。

政府が発表した計画的避難地域以外でも風向きで福島市など高濃度の放射線量に
汚染されている地域が分かってきていますが、国はいまだにこれらの地域に対しては、
自主避難地域としています。

原発事故後、直感で被災地をすぐに家族と出て、西へ西へと向かって京都までやって
きた家族がいます。

原発の事故による国の対応を待っていた人たちが最大の被害者になってしまった現実を
国は重く受け止めてほしいと思います。

そして、原発事故による正確な汚染情況を発表して、被災者の方々が将来への見
通しが立てらるようないくつかの提案をしてほしいと思います。


                                     フタバくん
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【2011/09/05 11:59】 | 1000本のうちわを持って被災地へ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
1000本のうちわを持って被災地へ(36)ー甲子子育て支援センターへ
さて、3日目の午前中の訪問先は、釜石市内にある甲子子育て支援
センターです。

遠野からはJRで7時台の電車に乗って1時間。
それから、タクシーで20分ぐらいかかりました。

甲子子育て支援センターは、緑に囲まれた大変自然環境に恵まれた
ところにありました。

ここは海沿いの釜石市内からはかなり奥にある地域で、津波の被害が
大きかった市内と違って、震災の被害をほとんど受けていない地域です。


20110831-3

子育て支援センターは、子どもや子育てに関する相談、育児支援情報提供
お母さま方の仲間作り支援などの活動をしているところです。

釜石から大槌にかけての地域には、子育て支援センターが4つありました。
その内の3つは、地震と津波で壊滅状態で、今も、再開されていません。

2日目に訪れた大槌保育園も子育て支援センターを併設していたのですが、
保育園を再開するのがやっとで、今のところ、子育て支援センターは再開
されていません。

そんな状況の中で、甲子子育て支援センターは、この地域で唯一残っている
子育て支援センターなのです。

20110831-6

ご挨拶をして、京うちわの紹介や少しうちわの省エネ効果などのお話をしてから、
早速、うちわ作りのワークショップをスタートしました。

20110831-4

今日、ワークショップに集まって下さったお母さん方は、釜石に住んでいる
子育て真っ最中のお母さんだけでなく、実は福島原発の放射能から子供を
守るために母子でこちらの方へ疎開されている母さん方もおられることを
この日の訪問で知りました。

20110831-7

子育てだけでも悩むことの多い時期に、被災され、しかも、福島原発事故
での放射能の問題までも抱え不安な状況の中で子育てをされている
お母さん方にとって、子育て支援センターの存在はとても大きいと思いました。

20110831-2

さて、ワークショップの最後には、いつものように皆様とご一緒に記念撮影を
させていただきました。

20110831-5

今日のうちわ作りのワークショップ、子育て中のお母様方の気分転換と交流の
お役に立てたでしょうか。

さて、午後からは、また、津波で被害の大きかった鵜住居、そして井上ひさしさん
で知られる大槌の吉里吉里地区へと入ります。

                                     フタバくん
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【2011/08/31 05:56】 | 1000本のうちわを持って被災地へ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
1000本のうちわを持って被災地へ(35)被災地から届いたお便り。
20110830-1

先日、一通のお葉書が届きました。

* * * * * * * * * * * * * * * *

先日、おいでいただいた頃は、避難所も暑い日々で、「うちわ」や
「せんす」は大助かりでした。
お陰で、ここ数日間は、秋のような涼風が吹く季節になりました。
8月7日を持って避難所の方々も全員仮設へ入居なさいました。
お陰さまで、忙中、少しだけ楽しい思いをさせていただきました。
云々、、、、。

* * * * * * * * * * * * * * * *

支援に行った大槌高校の避難所でうちわ作りのワークショップに
参加してくださった、大槌高校の先生からでした。

あー、大槌町ではもう秋風が吹き始めているんですね。
東北の秋は早いですよね。

避難所におられた皆さんも、仮設住宅へ移られて、次なる一歩
を踏み出しておられるんですね。

思いがけないお便りに、しかも現地の様子もお知らせいただいて、
繰り返し繰り返し読み返しては、うれしい気持ちでいっぱいです。

届いたお手紙の一部ですがここにご紹介させていただいて、
皆様にも私の嬉しさを、少しおすそわけさせていただきました。


                                     フタバくん
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【2011/08/30 18:25】 | 1000本のうちわを持って被災地へ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
1000本のうちわを持って被災地へ(34)ー遠野の昔話
20110829-1

私たちが泊まった遠野のお宿は、毎晩、宿泊者の方に無料で「語り部」の
語る昔話を聞かせてくれるお宿でした。

時間が決まっているのですが、偶然、その時間に釜石から戻ってこれたので
皆で「語り部」のお話を聴きに行くことにしました。

広い和室に囲炉裏が作られていて、語り部さんが座っておられました。
語り部さんを囲んで、遠野の歴史をまずお聞きしてから、語り部さんが
昔話を語り始めました。

遠野の昔話は900とも1000あるともいわれています。

遠野は、花巻の方からも、釜石の方からもちょうど同じぐらいの所にあります。
四方八方からやってくる人のちょうど中継地点であった遠野には、遠野に伝わる
昔話だけでなく、遠野にやってきた人たちが語った昔話も一緒に語り継がれて
いったのではないかと思います。

だから遠野は、日本の民話のふるさとなんですね。

20110829-2

昔話の語りの最初は、必ず「むがす、あったずもなー」から始まります。

語っていただいた昔話は、「オシラサマ」、他、3つ。

そして、「むかしあったずもなー」から始まる昔話の最後は、必ず「どんどはれ」
で終わります。
「どんどはれ」とは、「この話は、もう、お終い」という意味だそうです。

語り部さんの穏やかなゆっくりとした語り口は、いつしかどこか懐かしい思い
へと聴く者を誘っていきます。

そんな語りを聴きながら、ふと、感じたことがあります。

それは、語り部さんのゆっくりとした東北弁で語るこのテンポが、赤子を寝かす
子守唄と同じようなテンポ(リズム)と似ていることに気がついたのです。

語りベさんの語りと子守唄。

そのことに気がついた時、昔話を聴きながらこんな風景が浮かんできました。

昔、家々では、子供たちに昔話を語るのはおじいちゃんやおばあちゃんでした。
夜が更けた一日の終わりを子供たちは囲炉裏端でおじいちゃんやおばあちゃん
から、昔話をしてもらうのです。
子供たちが昔話を聞きながら、だんだん眠くなってこっくりこっくりし始めたら、
おじいちゃんやおばあちゃんは、「どんどはれ」と言ってその日の昔話を終わる
のです。

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * 

さて、さて、私の話も長くなりましたね。
それではこのへんで「どんどはれ」。

(画像はお宿の資料からお借りしました))
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【2011/08/29 23:36】 | 1000本のうちわを持って被災地へ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
1000本のうちわを持って被災地へ(33)ー遠野のホップと地ビール
お宿で「遠野の地ビール」を毎晩頂いたことから、遠野がホップの生産
日本一だと知りました。

キリンの仙台工場では遠野のホップで「一番搾り」が作られているそうで、
遠野でのビールの歴史は80年以上になります。

ただ、日本の地ビールの歴史は浅く、酒税法が改正された1994年からです。

遠野の地ビールの名前は、「ZUMONA」ビール。
「ZUMONA」という名前の由来は、昔話の「むかしむかしあったずもな
からとったのだそうです。

20110826-12

地ビールの種類は3種類。
フルーティな香りでホップの苦みの少ない「ヴァイツエン」
大麦麦芽をつかった喉越し爽やかな「ピルスナー」
苦味のきいた黒ビール「アルト」です。

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1日目は、フルーティな香りのする「ヴァイツエン」を、
そして2日目は、喉越し爽やかな「ピルスナー」を頂きました。

20110826-13

実は、釜石線を何回も行き来するたびに車窓から見える風景があります。
棚にツルのように巻きついている植物はなんだろうと通過する度に思って
眺めていました。

実は、それが、ホップだったのです。

20110826-15


収穫時期は8月下旬と聞きましたが、私たちが見た7月下旬でも、結構、実が
はちきれ始めていました。

遠野では、おそらく今ちょうど、ホップ摘みの季節を迎えている頃なのでしょうね。

(ビールの画像はメーカーのホームページからお借りしました。)

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【2011/08/26 14:53】 | 1000本のうちわを持って被災地へ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
1000本のうちわを持って被災地へ(32)ー2日目からのお宿は遠野です。
さて、2日目の予定も全部終えて、お宿へ戻るのですが、
2日目からのお宿は、釜石市内ではなくJRで1時間離れた遠野にしました。

釜石からは片道1時間、往複2時間は余分にかかるのですが、ゆったりと広い
お風呂に入れて、夕食や朝食の出るお宿のあるところを探して、遠野にお宿を
とることにしたのです。

そのために、早は7時代のJRで釜石まで行かなければならないのですが、
まー、京都から毎日西宮まで通勤したと思えば可能な距離と考えました。

さて、2日間御世話になったお宿は、「あえりあ遠野」。

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遠野駅からまっすぐ広い道を山の方へ7・8分ほど歩いたところにあります。
お宿の横には遠野博物館と神社があって、その横道を昇っていくとお城跡があります。

20110826-4

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お部屋は7階でしたので遠野の町を一望でき、お風呂も広く、お料理は
一品一品運ばれてきて、お味も薄味で申し分のない御宿でした。

20110826-3
 (実際にはこれよりいいお料理でしたよ。)

じつは、夕食にお宿を予約をしたJTBのサービスでビールが付いていました。
そこで、違う種類の「遠野の地ビール」を毎晩頂きました。

遠野の地ビールは、疲れた体に心地よく、皆、ぐっすりと眠りに着きました。

(ホテル内の画像はホテルのホームページからお借りしました。)

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【2011/08/26 14:49】 | 1000本のうちわを持って被災地へ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
1000本のうちわを持って被災地へ(31)ー点滅しない信号機
昨夜の8月24日の読売新聞の夕刊に、「信号復旧、まだ12%」という大見出しで、
釜石市内の信号機の状況を紹介していました。

サブタイトルには「怖くて渡れない」とあります。
はい、その通りです。

私たちは、幹線道路に沿った商店街の一番メインストリートにあったホテルサンルート釜石に
滞在中、ホテル前の道路を横断して向かいのローソンまで何回買い物に行ったでしょうか。

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ローソンからホテルへ戻る横断歩道を歩きながら向かい側を撮影

この時は車が少なかったので、写真を撮りながら渡れましたが、車が多い時には
本当に皆で大きく手を振って渡りました。
その度に、私たちも信号機が点滅しない道路を横断する怖さを味わいました。

まだ、復旧が進んでいないんですね。

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【2011/08/25 11:24】 | 1000本のうちわを持って被災地へ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
1000本のうちわを持って被災地へ(30)ー「がんぱっぺし大槌」
20110824-5

皆様、子供たちと記念撮影をした写真の後ろの壇上に掲げた文字が
見えますでしょうか。

20110824-8

「がんぱっぺし大槌」

そして、白い布に書かれたこの「がんぱっぺし大槌」の文字の周りには
びっしりと書かれた寄せ書きの文字が一杯。

おそらく、この場所に避難した人たちが皆で書いて励まし合ったのだと思います。

「がんぱっぺし大槌」
「がんぱっぺし大槌」

心の中で、そーっとつぶやいてみました。

その時の情景が目に浮かんでくるようで、胸が熱くなりました。


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【2011/08/24 16:06】 | 1000本のうちわを持って被災地へ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
1000本のうちわを持って被災地へ(29)ー城山体育館避難所でのワークーショップ
2日目の午後は城山体育館避難所でのうちわ配布とワークショップです。

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ここは、市民体育館なので大きな避難所です。
ただ、私たちがいった時期は、避難の人数も減って200名ということでした。

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もう、避難所での暮らしの大変さは峠を超えているようで、いつでも飲み物や
お茶も自由に飲めるように物資もそれなりに届いているようでした。

それでもお隣との間仕切りは、この時も段ボールの生活でした。

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私たちの持ってきたうちわを避難所の皆さんに自由に持って帰ってもらえるように
並べて、さー、皆さんとうちわ作りのワークショップの始まりです。

ここでは配布うちわ200本とワークショップ用うちわ150本用意しました。

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ここでも、大槌高校避難所と同じように、各地からボランティアで参加している
医療関係者の方に出会いました。
お巡りさんも、順回しては皆さんに声をかけていました。

皆さんにも、持ってきたうちわを差し上げて喜んでいただきました。

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お巡りさんは「仲間にもいいですか」と言って、喜んで10本も持って帰って
下さいました。

皆さん、この場所で出会った御縁の方々です。
どうぞ、どうぞ。
いろんな方に差し上げて喜んで使って頂けたらありがたいことだと思っています。

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さて、後半は、授業が終わった学童保育の子供たちも加わって、
ワークショップはにぎやかになってきました。

子供たちは物作りが大好きで、あーっという間にうちわは完成です。

20110824-5

うちわが完成した後は、子供たちと記念撮影です。

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【2011/08/24 15:59】 | 1000本のうちわを持って被災地へ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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