スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【--/--/-- --:--】 | スポンサー広告 | page top↑
1000本のうちわを持って被災地へ(40)ー「津軽てんでんこ」の教えを守った子供たち
鵜住居の旅館「宝来館」へ行く途中、思いがけない建物に出会いました。

このブログでは、4月2日の「東日本大震災」のカテゴリーの中に
【「津軽てんでんこ」で助かった子供たち】と題して、学校から高台へ避難して
全員無事だった子供たちのことを紹介しています。

その「津軽てんでんこ」の教えを守って一目散に山へと逃げて全員助かった
子どもたちの学校が、偶然、宝来館へいく道の少し手前にあったのです。

全く予期しないことでした。

20110909-6

その子どもたちのいた学校の名前は、鵜住居小学校と釜石東中学校です。

20110909-1

大きな瓦礫の山の向こうに、その学校が見えてきました。

20110909-3

電信柱の左向こうに見えているのが、鵜住居小学校です。
右に見えているのが、釜石東中学校です。

「津軽てんでんこ」の教え通り、中学生のお兄ちゃんたちが隣の小学校の
子供たちも誘導しながら、自主的にどんどん山へと駆け上ったそうです。

第一の避難場所までたどり着いた時、子供たちは、ここでも駄目だと言って、
もう一つ高い所にある施設まで、さらにどんどん駆け上り始めたのです。

20110909-2

釜石東中学校の全景です。

町で津波が来た時に想定していた津波の高さは6m。
しかし、実際に町を襲った津波の高さは、15.3mでした。

子供たちが逃げ終わった直後、小学校と中学校の2つの建物は、
15.3mもの大きな津波に飲み込まれていきました。

子供たちの直感で、誰一人遭難することはなかったのです。
子供たちが逃げた避難場所も車からですが、見ました。

ブログにすでに紹介した記事ですが、再掲載いたします。
よろしかったらお読みください。

■釜石市北部の大槌湾を望む釜石東中学校(生徒数222人)は、
同湾に流れ出る鵜住居(うのすまい)川から数十メートルしか
離れていない。
11日午後の地震発生時は、各教室で下校前のホームルームが
行われていた。
立っていられないほどの横揺れが生徒たちを襲った。
1階にいた3年生の栗沢正太君(15)は避難口を確保しようと、
とっさに窓を開け、机の下へ。
揺れが一段落すると、担任教師が「逃げろ」と叫び、栗沢君が
校庭に出ると、2、3階にいた1、2年生も非常階段を下りてきた。
校庭に出た生徒たちは教師の指示を待たず、高台に向かって走り
だした。
途中、同校に隣接した鵜住居小学校(児童数361人)の児童も合流。
小学生の手を引く中学生の姿も目立ったという。
子供たちは普段の防災訓練で使っている高台に集まろうとしたが、
だれかが「まだ危ない」と言いだし、さらに高い場所にある老人
施設まで移動。学校から1キロも走っていた。
教師たちが点呼を取ったところ、登校していた両校の児童生徒計
562人全員の無事が確認できた。
その5分後、両校の校舎は津波にのみ込まれた。
                    (北海道新聞より一部抜粋)

「津軽てんでんこ」で助かった子供たち (2011年4月2日)

                                     フタバくん
「ライフスタイルブログ」ランキングに参加中。おもしろかった役立ったと思われたら「ライフスタイルブログマーク」を1クリックお願いします。→にほんブログ村 ライフスタイルブログへ
スポンサーサイト

テーマ:ロハス&エコロジーライフ - ジャンル:ライフ

【2011/09/09 15:55】 | 1000本のうちわを持って被災地へ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
<<1000本のうちわを持って被災地へ(41)ー気になる被災した建物に書かれたマーク | ホーム | 1000本のうちわを持って被災地へ(39)ー50本のうちわを持って「宝来館」へ>>
コメント
コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL
→http://kazekaze08.blog64.fc2.com/tb.php/622-1cc621cb
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。